妻 ウサギさんのこと

この記事を書いている2026年8月16日現在、ウサギさんは香港の公立病院でリハビリをしながら入院生活を送っている。左側の脳で脳出血(被殻出血)を起こしており、右半身の麻痺、言葉を上手話せない、意識がはっきりしない状態が続いている。

私も少し精神的に落ち着いてきたので、これまで携帯に書き残してきたメモを参考にしながら、サギさんが倒れてからこれまでの出来事や私が感じてきたことをブログに書いてゆこうと思う。

2026年7月11日。20時49分、高萩駅発の常磐線で上野駅に向かう。駅まで弟に車で迎えにきてらい、千駄木にあるN病院へ向かう。嫁のウサギさんが脳出血で倒れ都内の病院に搬送されたのだ。

この日、うさぎさんと私は都内で別れ、別々の行動をとっていた。日本での1週間の出張を終え、私は2泊3日で北茨城にある実家へ父親の見舞いに帰省。うさぎさんは、学生時代の友人と会ってからその翌日に私の実家にくることになっていた。

昼過ぎの常磐線の特急に乗り、ワッツアップ(ラインの様なもの)を使い、会話をしていたが、14時を過ぎたあたりから返信がとまる。普段もこのようなことはよくあるので、「まっチェックインや出かける準備で忙しいのだろう」と、思っていた。

だが夕方17時を過ぎても返信がない。この時、私は美容室を営む幼馴染の勇士に散髪とパーマをかけてもらっていた。パーマが7時過ぎに終わり、電話がかけられる状態になったので、うさぎさんに電話をかけるがつながらない。おかしいと思い、ウサギさんが予約していたホテルに電話をかける。部屋の番号は知っていたので夫であることを伝えると、N病院に緊急搬送されたと知らされる。ホテルのスタッフの方の説明によると、汗をかき泣きながら、話せない、意識がはっきりしない状態でフロントまで8階の部屋から一人で下りてきたようだ。

呼吸がうまくできず、頭が真っ白になる。勇士に車で高萩駅まで急いで送ってもらい、高萩駅から再び常磐線に乗る。上野駅まで末の弟に車で迎えに来てもらい一緒にN病院に向かう。

病院に到着したのは夜の11時過ぎ。医者と看護士の方からウサギさんの様態の説明と、入院にあたり必要となる書類に署名をする。一通り説明を受け、弟と2人、ウサギさんがいるICUの部屋に入る。厚いビニールで覆われた部屋には、口から人口呼吸器の管、そして点滴や何本も配線が体中に付けられたウサギさんが目をつむり横になっていた。目には涙を流した後がはっきりと残っていた。

怖かったね。本当に良く頑張ってたね。ごめんねうさぎ。本当にごめんね。目を覚ましてくれ。お願いだから目を覚ましてくれ。戻ってきてくれ。

弟が「フーちゃん頑張ってね」と声をかけて、病院を後にした。

ウサギさんが予約していたホテルまで弟に車で送ってもらう。ウサギにもっと優しくしてあげればよかった、なんであの時、もっと理解してあげればよかったと、自分を責め、後悔ばかりの私を、弟が優しく落ち着いた口調で、「あんまり自分を責めないで」と言ってくれた。

1人、うさぎさんが泊まるはずだったホテルに入る。

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