2026年9月24日(木曜日)

闘病記 完全回復まで

この日も、シューマイとハーガオそして大根餅を飲茶やで購入しうさぎさんを訪ねる。

昨日の晩、何を食べたいか一生懸命伝えようとしていたが、結局理解できずにいた。が、たまたま、携帯で文字入力をしているときに、絵文字にあったギョーザを見て喜んでいたので、昨日食べたいと伝えようとしていたのは、ギョーザだったの?と聞くと嬉しそうに頷くウサギさん。金曜の夕食はギョーザで決まりだ。

この日、病院に着いたが、普段なら泣くか喜んでいるかなのだが、この日は私が声をかけてもぼーっとしており、しばらく声をかけても反応がない。これはショックでもあり恐怖でもある。あの表情は日本にいるとき、何度か見た。てんかんの症状のひとつなのかとも思ったが、とりあえず、昼飯の準備をしながら、ウサギさんには無視をするのは止めてくれとハッキリとつたえた(無視をしていたかどうかはわからないが)。すぐに、申し訳ないような表情をしてハグをしてきたので大丈夫なのかとも思ったが、このウサギさんの様子は引き続き注視してゆく必要があるだろう。

飲茶メニューにも飽きてきたようで、3品バランスよく小鳥のようについばみながら食べていた。

昼食の途中から泣き始める。帰りたいのだろうと思ったが、その希望を今は叶えてあげることはできない。一応、病院には早く退院したいと言っていると伝えはしたが、今のウサギさんの状態ではもう少し時間がかかるだろう。

午後は義理の両親が夕食時に来てくれていた。娘は機嫌がよかったと言っていたが、あなた達の前だけではそうで、俺の前ではそうではないとイライラしながら返信をした。ウサギさんはそろそろ限界にきていると伝えるが、おやじとその話はしてくれと言われる。夜11時すぎ長ったるいワッツアップが届いたが、翌朝、ちゃんとウサギさんには暫く帰れないことは伝えたのね、とメッセージを返す。中秋の名月の絵文字が帰ってきたので、相当ウザがられているのだろうと感じた。義理の親に何かを言うのはもうやめようと思った。親父が保険屋(身内)と保険金の請求処理をしてくれているので、それだけは完結させて、あとはしばらく、ウサギさんへの世話と相手の出方をみようと思う。

間違いなく、これ以上ガンガン色々言ったらウサギさんと彼らの関係、そして私との間にも微妙な距離が生まれ関係性が崩れるのは容易に想像ができる。

この日は広東語で1234と自分の名前を発音できたようだ。ここ数字、本当に発音できる言葉が増えてきているウサギさん。引き続き褒め、そして強引にでも英語、日本語を話せることは続ける。病院のくそみたいなカリキュラムでは間違いなく話せるようにはならないだろう。体のリハビリが中心になっている。

餃子を食べたいことも分かったので、日本語で餃子が食べたいと言ってみてというと、聞き取れるレベルで発声ができていた。いいぞ、いいいいいぞウサギんさん。

となりのおばちゃんも、向かい側のベットに寝たきり状態のお年寄りを世話をしている娘さんも、ウサギさんが話せるようになってきていると、喜んでくれた。

右手のリハビリは、グーパートレーニングだ。ストレッチをしながら腕、手首、手、など思いつく限りマッサージとストレッチをする。体が温まってくると心なしか右手は動く。脇に野球ボールが入るぐらいに腕を横に広げることもできたりする。ウサギさんも目を丸くしながら喜んでいたので、やはり自分の腕が少しずつだが良くなってきているのは実感できるのだろう。

右足も回復は早いと言われてはいるが、まだ1人で歩ける状態ではない。ベットの上で私が手伝いながら出来る運動は限りがあるので、右足の可動域を広げつつ、蟹股気味になっているのを少し外から強制しながら足をまっすぐ蹴り出すように指示をしたりしながらのリハビリを手伝う。

帰れなくて、ここ最近泣いてばかりいるうさ。泣くことを減らし、病院でしっかり脳を回復させそしてリハビリに集中することが出来ればリハビリの効果は更に高まりそうだが、今はそれを期待するのは難しそうだ。

コメント